スパークス・グループ株式会社

11:誰もが同じ世界を見ているからこそ自分で考えることが大切  ジョージ・ソロス

正解がない世界での戦い方

ソロスさんとの出会い

私が直接指導を受けたという意味で、バフェットさん以上に影響を受けたのは、ジョージ・ソロスさんです。ソロスさんとの出会いがなければ今の私はありません。
出会ったのは、プラザ合意で為替が大きく円高ドル安に動いた1985年の12月。私が31歳のときでした。野村證券を辞めて、ニューヨークに資産運用会社「アベ・キャピタル・リサーチ」を設立した頃のことです。
それまで私は野村證券の営業マンとしてフィディリティ投信のピーター・リンチさんなど大手機関投資家をお客さんとして米国中を飛び回り、成績を上げていました。
独立しようとすると、周囲の人たちからは「ウォール・ストリートを甘く見るな。失敗して野垂れ死にしたやつがごろごろいるぞ」と猛反対されました。私も成功する確信があったわけではありませんが、生来の楽観的に考える性格で、「何とかなるよ」と考えていました。
手持ち資金はほとんどなく、今考えると無謀だったかもしれません。しかし、私は飛び出して新しいことに挑戦したいという湧き上がる衝動に素直に従いました。
さっそく考えていた投資アイデアを、「TAKE OVER OPPORTUNITIES IN JAPAN(日本における企業買収の機会)」と題した投資戦略のリポートにまとめました。
日本の土地を保有する不動産・電鉄会社の株式に集中投資する戦略について説明したものです。
このリポートを10人ほどの投資家に送付したのですが、そこで真っ先に連絡をくれたのがソロスさんです。今と比べれば、ソロスさんはまだそれほど有名ではありませんでした。しかし、それが幸いしたのかもしれません。また、ちょうどその時期、ソロスさんのところで日本株を担当していた人の契約が終わったという偶然も重なりました。こうした時期にリポートを送ったことが、直接会って話を聞いてもらう機会につながったのでしょう。
オフィスを訪ねると、セーター姿のソロスさんが現れました。私はソロスさんを前に、2時間以上かけてリポートの説明をしました。「プラザ合意の後、日本では円高に伴い資産価格が上昇している」「不動産価格の上昇は激しく、土地を大量に保有している不動産会社や電鉄会社の資産に含み益が大きく出ている」「株価が割安に放置されている」など、今が日本株へ投資するチャンスである理由を説明しました。
話を聞き終えたソロスさんは、「君の話に、私はスパーク(閃き)を感じたよ。早速、君に1億ドル(当時の為替レートで約200億円)を預けよう。明日から運用してくれ」と言ったのです。こうして私は、ソロスさんのもとで働くことになりました。
余談ですが、この「スパーク」という言葉が忘れられず、私は日本帰国後に設立した今の会社の社名を「スパークス」にしたのです。

毎日、「What do you think?」と聞かれた

私はソロスさんに雇われ、日本株を運用するファンドマネージャーとして働くことになりました。電話を受けたらすぐにソロスさんのオフィスへ飛んでいきます。夜中にソロスさんと話しながらトレードをしていたことを今でも鮮明に覚えています。銀行株を空売りしようとしたときに、日本の大手証券会社からは売買をストップしたいという通知を受け、しかたなく外資系証券会社でトレードしたこともありました。明確な理由なく貸し株がままならないという、今では考えられない話です。
ソロスさんはいつも「What do you think?(あなたはどう思いますか)」と聞く人でした。
「なんとなくです」などの意味のない答えは許されません。意味のない、ポイント外れの答えを言っているとクビになります。
そういえば、こんなこともありました。日本で不動産鑑定士と共に企業が保有する不動産を調べていたときのことです。不動産の含み益についてまとめ、ロンドンに滞在中だったソロスさんに報告にいったところ、「調査が不十分」ということで日本にとんぼ返りしたのです。そんな厳しい環境でのソロスさんとの議論が、私を大きく成長させてくれたと考えています。約3年の歳月を経て最終的には私もお役御免となってしまうわけですが、ソロスさんは、「次の就職先を紹介しようか」など、随分と紳士的な別れを演出してくれたのを今でもよく思い出します。私としても、どんなときでも謙虚かつ素直に学ぶ姿勢だけは忘れないようにしていました。それが、少しでもソロスさんに伝わっていたのかなあと別れ際に思ったものです。
自分の考えと知性(インテリジェンス)を相手に伝えることは、ビジネス上、非常に重要なことです。また、その言葉に「意味がある」ことはもちろん、相手にちゃんと伝わるように「話す力を培う」ことも重要です。ソロスさんと過ごした時間は、自分の考えをまとめ、発表する力を培う、かけがえのない訓練期間でもありました。

「自分で考える」ということの重要性

相場の世界では、誰かに教えてもらうということは適切ではないでしょう。正解がない世界ですので、1人ひとりが考えることに意味があります。どんなに優れた人がいたとしても、その人が話すことがすべて正しいとは言えないのです。
見えている世界は誰にとっても平等です。誰もが同じ世界を見ているからこそ、自分で考えることが大切になってきます。
迷信や当てずっぽうではなく、科学的、体系的な思考プロセスを確立するには、自ら考え説明することが求められるのです。
スパークスで開催している勉強会「バフェット・クラブ」では、ソロスさんがよく口にしていた「What do you think?」の思想を今でも大切にしています。いくつかあるルールの中に、発言に関するものがあるので紹介しましょう。
バフェット・クラブでは、私が参加者に同じ問いを投げかけ、「あなたはどう考えますか?」と次々に聞いていきます。「前の人と同じです」といった単純な返答は禁止しています。バフェット・クラブには、参加者が考えを発表する場所という役割があるからです。自分の意見を持ち、発表しなくてはなりません。次は自分が質問されるという緊張感を持って、聞き手が納得できる説明を考えておく訓練をしてほしいからです。
「What do you think?」。この言葉と共に、投資の未来、社会の未来について考えていきたいと思っています。