スパークス・グループ株式会社

12:バイアスを疑う  ジョージ・ソロス

ソロスの再帰理論

みんなが「こうに違いない」と思うこと

ソロスさんがよく使う言葉に「バイアス」があります。バイアスは、思考や判断を偏らせる思い込みなどを意味する言葉です。
ソロスさんは「株価というのは、いってみればムービングターゲットだ」と言っています。株価は、実体があるものではないと考えているのです。
では株価はどのように決まるか。そこでバイアスが登場します。
バイアスをソロスさんの言葉で言うと、「認識機能を通じて何かを見たとき『こうに違いない』と思うこと」です。つまり、あるものを見たときにみんなが「こうだ」と思う。その思うことをバイアスといいます。
株価だったら「この会社は成長するに違いない。だからもっと株価は上がる」とみんなが何らかの理由で思うことがある。例えば商品やサービスに、みんなが「この会社は成長する」と思うことを促すものがある。それがバイアスだとソロスさんは言います。

バイアスの自己強化によってバブルが生まれる

そのバイアスがかかった認識によって、株を売るか買うかという行動が起こり、そこで価格が形成されます。さらには、形成された価格を見て、次のバイアスが形成されます。価格を見て、新しい期待とトレンドが形成されるわけです。
例えば、価格が上がると考えている人がいて、実際に価格が上がったら、「やっぱり俺の思った通りだな」と確信に変わりますよね。価格が上昇し、みんなのバイアスがもっと強くなり、みんなが「もっと上がる」と信じるようになるのです。そのことをソロスさんは「自己強化的」と言いました。
つまり自己強化的とは、バイアスが確信に変わるように強化されることです。そしてソロスさんは、自己強化的なプロセスが継続していく過程のことを「バブル」と言ったわけです。ただ、それはいつか限界が来ます。最初
10万円だった絵画が何十億円になったら、何かがおかしいですよね。誰かがそう思った瞬間から、逆のバイアスがかかります。
それがバブルの崩壊です。
こうした考え方がソロス理論の根幹です。バイアスが強化され、新しい認識が形成され、その認識を基に新しい価格が形成され、その価格を基にまた新しい価格が形成される。そのプロセスのことをソロスさんは「再帰的なプロセス」と言いました。それがソロスさんの唱えた再帰理論です。

日本のバブル経済を巨大な実験場として大儲け

ソロスさんが再帰理論によってものの見事に大儲けしたのが日本のバブル経済における株価の上昇と下落です。
日本の土地価格の上昇によって、例えば日本の銀行株は一斉に上がりました。「日本の銀行は土地を担保にお金を貸していて、土地が値上がりすれば、担保価値が上がるのでもっと貸せるようになって、もっと利益が上がる。だから株価は上がる」という自己強化的プロセスに入っていました。その当時、私はソロスさんにアドバイザー
として雇われるのですが、ソロスさんにとって日本株はまさに巨大な実験の場だったのでしょう。私にはそんなことはわかりませんでしたが、ソロスさんにとって日本のバブルは「まったく思った通り」だったのです。ソロスさんは自身でそう本に書いています。
そしてバブルの崩壊も「思った通り」で、ソロスさんは日本株の絶頂期に日本株を空売りしました。ソロスさんはバブルが形成された日本株が上がるときに儲け、さらにはバブル崩壊で日本株が下がるときには空売りで儲けた。上昇と下落の両方で儲けたわけです。

市場参加者が作る再帰的プロセスが株価を動かす

日本のバブルのときのように、再帰的なプロセスで株価が上昇する。そのときに過程自体が強化されていく。あるいは逆に再帰的なプロセスで株価が下落する。そのときも過程が強化されていく。バイアスによってそういうプロセスが発生する。そういう意味でバイアスはソロス理論の根幹の概念です。
ソロスさんは市場の中に現実があるとは思っていないのです。そこに参加している人たちが作った、自分で演出している認識があるだけで、すべてがバイアスの結果だというのです。
ただ、それによって価格の変動という現実が起こる。価格は現実です。実体を表しているわけではありませんが、市場における価格形成に参加している人、株を売ったり買ったりしている人たちに、含み益ができたり含み損ができたりする。それが自己強化的プロセスにつながり、株価を動かしていくというのがソロスさんの考え方で
す。

「仮説を立てて検証する」という姿勢を学ぶ

ソロスさんの考え方は、グレアムさんやバフェットさんとはかなり違っています。グレアムさんやバフェットさんが言っていることを古典的なニュートン力学とすれば、ソロスさんが言っていることは不確実性を前提とする量子力学のようなものかもしれません。
ソロスさんの再帰理論は、バブル形成とそのバーストの理論です。そこからわかることの1つは、バブルを形成するような企業に投資するとすごく儲かるということです。あるいはバブルがバーストしそうな企業を空売りすると儲かるということです。
投資で大きく儲ける方法として、ソロスさんの考えるような方法もあるわけです。しかし、それはハイリスクハイリターンで、失敗する危険も大きいと思います。
それよりも、ソロスさんの理論から一般の投資家が学ぶべきことは、バイアスに惑わされないようにするということでしょう。バイアスを疑い、バイアスに捕まらないように注意する。そういうことを心がけて、普通の人が普通に考えて地道に儲けることを目指したほうがいいかもしれません。
そしてもう1つ、ソロスさんから学ぶべきは、「仮説を立てて検証する」という姿勢でしょう。世の中はバイアスに満ち溢れていて、普通の人はバイアスをバイアスと思わず罠に落ちてしまいます。それに対してソロスさんは、何も信じられない中で答えを出していました。仮説を立て、仮説を検証することによって、投資のパフォーマンスを高めたのです。「仮説を立てて検証する」という科学的プロセスは、投資に幅広く応用できる考え方です。