スパークス・グループ株式会社

07:先のことはわからないから調べよう  フィリップ・フィッシャー

成長株投資の原点

グレアムさんの否定で大成功

バフェットさんに大きな影響を与えた偉大な投資家は2人います。1人はグレアムさん。もう1人はフィリップ・フィッシャーさんです。バフェットさんが「私の85%はグレアムからできていて、残り15%はフィッシャーからできている」という、15%のほうです。そのフィッシャーさんは「成長株投資の父」と称されます。
バフェットさんは、なぜ「バリュー投資の父」の「グレアムさん100%」ではなくて、「フィッシャーさん15%」を取り入れたのでしょうか。バフェットさんの気持ちを大胆に代弁すると、「グレアムさんの手法だけでは、割安な株は見つけられても、大化けする株が見つけられない可能性がある」と考えたのではないでしょうか。
「割安なのに上がらない」。今でこそ、この状態は「バリュートラップ」という表現で、多くの投資家が知るものとなっています。しかし、「中世のギルド支配」から解き放たれ、近代的な証券分析アプローチが始まったばかりの20世紀半ばには、まだ、こうした現象は、一般には認知されていなかったのです。
グレアムさんが青年期に経済的に困窮したことが、彼のバリュー投資研究の原点となっているように、フィッシャーさんにも原点があります。彼が、スタンフォード大学の経営大学院を卒業し、独立系銀行で統計士として働き始めた1929年の大暴落前後、フィッシャーさんは、グレアムさんが唱える割安株といわれる低PER(株価収益率)の銘柄に投資して失敗しています。

「成長株は何倍もの利益が得られる」

そこでフィッシャーさんは、「本当に重要なことは、当期利益に対する倍率ではなく、数年後の利益に対する倍率である」ということや、「広い幅があったとしても、会社の利益がこれから数年後におおよそどうなっているかを判定する能力があったならば、素晴らしい利益を手に入れることができただろう」といった教訓を得ます。
その後、フィッシャーさんは、購入時には誰も見向きもしなかったような企業の株を独自の「成長株投資」という理論の下に見出し、周囲の疑念の声に惑わされることなく長期投資を行います。そして、モトローラ、テキサスインスツルメンツ、コーニング、ダウ・ケミカルなど、彼のお眼鏡にかなった企業の株価は、数十倍、数百倍となり、膨大な利益をもたらすことになるのです。
フィッシャーさんとグレアムさんの違いは、グレアムさんが「先のことはわからない」と過去の実績と現在の資産を重視するのに対して、フィッシャーさんは、「先のことはわからないから調べよう」と「成長株の発掘」に本質を見出していることです。グレアムさんは徹底的に決算書にこだわりましたが、フィッシャーさんは「割安株ではせいぜい50%程度の利益しか得られないのに対し、成長株は何倍もの利益が得られる」という境地に至っています。
グレアムさんの名誉のために申し上げますと、彼も決して企業の成長を見なかったわけではありません。「未来を予想して、それがうまく当たれば面白いけれど、非常に難しい。だからまずは現実を見ましょう」と、まずは足元を見ることを強調したのです。それに対してフィッシャーさんは「経営者に会って話を聞いたりして、いろいろ調べればわかることもある。それをすれば、より面白い投資ができる」と成長を重視しましたが、財務分析を徹底するグレアムさんを否定したわけではありません。ただ、2人が重要したポイントが対照的だったので、グレアムさんは「バリュー投資の父」、フィッシャーさんは「成長株投資の父」と対比されるのです。

企業の人間的側面に着目

フィッシャーさんの著書『株式投資で普通でない利益を得る』には、「フィッシャー15のポイント」と呼ばれるチェック項目が並んでいます。研究開発、販売体制、経営陣、労使関係など、彼の投資哲学に基づく重要なチェック項目です。

■株について調べるべき15のポイント
① その会社の製品やサービスには十分な市場があり、売り上げの大きな伸びが数年以上にわたって期待できるか
② その会社の経営陣は、現在魅力のある製品ラインの成長性が衰えても、引き続き製品開発や製造過程改善を行って、可能な限り売り上げを増やしていく決意を持企業の人間的側面に着目っているか
③その会社は規模と比較して効率的な研究開発を行っているか
④その会社には平均以上の販売体制があるか
⑤その会社は高い利益率を得ているか
⑥その会社は利益率を維持し、向上させるために何をしているか
⑦その会社の労使関係は良好か
⑧その会社は幹部との良い関係を築いているか
⑨その会社は経営を担う人材を育てているか
⑩その会社はコスト分析と会計管理をきちんと行っているか
⑪ その会社が同業他社よりも優れている可能性を示唆する業界特有の要素があるか
⑫その会社は長期的な利益を見据えているか
⑬ 近い将来、その会社が成長するために株式発行による資金調達をした場合、株主の利益が希薄化されないか
⑭ その会社の経営陣は、好調なときは投資家に会社の状況を饒舌に語るのに、問題が起こったり期待が外れたりすると無口になっていないか
⑮その会社の経営陣は本当に誠実か

これらの項目を「グレアム投資理論」からの進化という観点で見ると、徹底的に数字にこだわったグレアムさんとは対極的に、フィッシャーさんは、企業の人間的側面、つまり、会社を生き物として捉えたところに特徴があると、私は思っています。
フィッシャーさんは生前のインタビューで、投資を「伴侶探し」だと語っていたほどです。彼は企業のダイナミズム、動的側面に着目したのです。

バフェットさんも認める「周辺情報活用法」の重要性

では、企業の人間的側面を学ぶために、どんな手法を取るのか。ここに、バフェットさんも絶賛するフィッシャーさんの「ゴシップ・アプローチ(周辺情報活用法)」があります。この手法は、投資対象の候補が見つかったら、その企業についての周辺情報を徹底的に収集するというもので、具体的にはライバル会社、取引先、顧客など、あらゆる方面から生きた情報を集める、メディアの取材にも似た方法です。
株式投資において、紙に記されたものだけではない、生きた経営を知ることの大切さを1930年代から実践的に示したのは、私の知る限りフィッシャーさんだけです。
フィッシャーさんの情報源は、企業周辺のみならず大学、政府、競合企業の研究者、業界団体の幹部、さらには該当企業の元社員にまで及んでいます。投資家はこうしたソースから得られたさまざまな情報を照合しながら、自身で企業の成長性を判断していく必要があると、彼は説きます。
「良い投資をすれば誰でも億万長者になれる」とはフィッシャーさんの残した名言の1つですが、その陰には「良い投資」と言い切るための不断の努力があることは言うまでもありません。

「市場を創造できるかどうか」を見極める

ネット社会になり、誰もが検索やSNSによって、「周辺情報」を「活用」しやすくなりました。しかし、ちまたに流通している「情報」は、玉石混交で、その情報が、「玉」か「石」か見分けるためには、さらなる「周辺情報活用」が必要となる「情報爆発」の時代です。
「石」どころか「偽」だというフェイクニュースも社会問題化しています。どのようにして真の情報を得ていけば良いのか、またその情報をどのように活用できれば投資家として成功できるのでしょうか。
今もご健在なフィッシャーさんの息子さんは「地元のうわさやウォール街の雑音」などではなく、何者の操作も及んでいない情報を得ることができれば、現代でも危険な投資は避けられると語っています。
バフェットさんは、今でも、原則として人と会わず、1日のほとんどの時間を、活字を読むために割いていると語っていました。バフェットさんの住むアメリカの田舎町オマハは、「うわさや雑音」を避けて株式投資で成功するための情報を集めるのに、ふさわしい町だったのでしょう。
フィッシャーさんの挙げた15項目を読み直して思うのは、15項目を通じて彼は、企業が「市場を創造することができるかどうか」を見極めていたのではないかということです。

バフェットさんは、フィッシャーさんに学び、コカ・コーラが世界で膨大な市場を創造できるとイメージできたからこそ、巨額の投資に踏み切り財を成したのです。これが、「グレアム85%、フィッシャー15%」で「元本の安全性を担保しながら成長も希求する貪欲な投資家」バフェットさんのすごいところです。