スパークス・グループ株式会社

22:カタリストを探せ

企業の変化要因

「実態価値と株価の裁定」を起こすきっかけ

株式市場の値付けは完ぺきではなく、往々にして間違えるので、企業の実態価値と価格に差が生じます(20)。
それでは、その差が解消される「裁定」は、いつ起こるのでしょうか。それは、制度や規制などの変更に依拠するかもしれませんし、今の日本経済のように、デフレからインフレ基調への変化のような構造的変化に伴うものであるかもしれません。さまざまな理由が考えられるのです。すでに起こった事実にしっかり目をやって差異が解消されるものであるという結論に至ったら、初めてそこで株を買い、差異の裁定機会に参加するのです。
投資の世界で、株価の変動をもたらす材料を「カタリスト(きっかけ)」と呼びます。そのカタリストについて考えてみましょう。
フィッシャーさんの成長株投資に対する考え方をお伝えしたときに(※コラム「先のことはわからないから調べよう」参照)、割安株が長期間割安のまま放置される「バリュートラップ」という言葉を紹介しました。割安株(バリュー株)を見つけることは重要ですが、その割安株の株価が正常に戻るきっかけは何であるか、つまりカタリストを考えることは、割安株を見つけることと同じくらい大事なことなのです。
例えば、ある会社の利益が順調に成長を続けていくと、しばらくの間、株価に反応がなくても、株式市場がいつしか自らの過小評価に気づき、株価の裁定が働きます。株価は企業の収益と長期的成長力を織り込んでいくのです。

カタリストの具体的事例

カタリストの事例として、半導体製造装置大手の東京エレクトロンへの投資について紹介しましょう。企業の変化として、経営トップの交代に注目した事例です。
スパークスでは、東京エレクトロンが2013年から行った米国の同業最大手アプライドマテリアルズとの統合協議を2015年に白紙撤回した後から、同社の経営変化に着目し、調査を開始しました。
東京エレクトロンとアプライドマテリアルズの統合は実現しませんでしたが、白紙撤回の後から東京エレクトロンの経営に変化が起きました。具体的には、顧客目線の組織作り、事業の選択と集中、株主還元の拡充など前向きな施策が多く見られるようになったのです。アプライドマテリアルズとの交渉過程で数多くの気づきを得たことや、現CEO(最高経営責任者)の河合利樹さんが、アプライドマテリアルズとの統合協議白紙撤回の直後にCOO(最高執行責任者)に就任するなど経営体制を見直したことなどが、経営を変化させることにつながったと思われます。
スパークスでは統合白紙撤回以降の東京エレクトロンの変化に着目し、1年以上の調査を経て、ファンダメンタルズの改善と株価(市場の認識)との間にギャップがあると考えました。
実態価値計測の際に注目したのが「リスク(振れ幅)」です。昨今、AIや自動運転技術の進化などがけん引し、半導体産業の裾野は大きく拡大しています。需要変動がより緩やかになり、さらには、東京エレクトロンの方針も規模より安定性を重視し始めたことから、従来の半導体サイクルにより収益が大きく変動するリスクは低下すると、私たちは考えました。そして、リスク低下を反映させる、つまり、収益の振れ幅が小さくなることを考えると「企業の実態価値と株価」に大きな乖離があることがわかったのです。
経営環境の変化と経営者の刷新をきっかけとして実態価値が大きく上昇したことを株式市場が認識することで、裁定、つまり正常化が始まります。
決算発表などを機に多くの投資家が、東京エレクトロンの経営変化に気づき、半導体関連の企業は高リスクであるという思い込みが変化することが、株価上昇のカタリストになると想定し、2016年半ばに投資を実行しました。
その後、東京エレクトロンをはじめ半導体関連各社の業績発表がカタリストとなり、東京エレクトロンの株価は投資後1年間で約2倍に急上昇しました。半導体市場の裾野拡大を認識する人が増えたことや、東京エレクトロンの市場シェア上昇が明確になったことから、収益安定性や成長性への評価が高まったためです。
この事例では、まず、東京エレクトロンの経営トップの交代という「ミクロ」に着目して調査を本格化しました。
その結果、会社のさまざまな戦略や施策に大きな変化が生まれていること、変化を捉えた東京エレクトロンが市場シェアを伸ばしていること、さらには、需要の大幅な上下を繰り返す半導体市場の「シリコンサイクル」が緩和され、AIなどの新しい需要を取り込み、一定の安定需要を見込める「スーパーサイクル」と呼ばれるほどの産
業になったという構造的変化が起きていることなどが見えてきました。
これは「ミクロを集積したマクロ」を積み上げていき、「実態価値と株価との間に生じる差異の裁定機会に主体的に参加する」投資として実行した事例です。

異常なことは続かない

カタリストの実現時期については、私は短期的な予想をする必要はないと考えています。実態価値が上がっていくというトレンドをしっかり見定めていけば、株価とのバリューギャップは確実に修正されていきます。
資本主義の大前提として、市場には異常を正常にするメカニズムが組み込まれているのです。「異常なことは続かない」というわけです。
時期の特定は難しいものの、カタリストを探すことはとても大事です。
カタリストになることとしては、経営者の交代だけでなく、法律などの制度や規制の変更などが考えられます。長期間続いた大きなトレンド、例えば「デフレはずっと続く!」というような思い込みが、何かのきっかけで修正・正常化し市場参加者のマインドが変化することもあります。社会ではいろいろなことが常に複合的に起こっています。
さまざまな経験を積んでいくことで、徐々にではありますが、「これがカタリストになるだろう」という予測ができるようになっていくことでしょう。

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